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最高裁判所第二小法廷 昭和27年(オ)909号 判決 1954年7月16日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

原判決の確定した事実によれば、被上告人田村(旧姓七条)(略)は昭和九年三月三〇日生まれの未成年者で、同二〇年一月三一日亡七条(略)の養子となり、養父七条(略)が同年一二月三〇日死亡したので被上告人のために、後見が開始し、翌二一年三月五日被上告人の実父田村忠男が親族会の選任によつて後見人となつたが翌二二年五月三日施行された「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」(以下民法応措法という)によつて右後見は終了し、実父田村忠男、実母リツが親権者となつた。然るに新民法八一八条二項で養子は養親の親権にのみ服することが規定され、養親の死亡により実父母が親権を行う旨の規定がないので結局被上告人の実父母が行つていた前記親権は新民法の施行により、昭和二三年一月一日以降消滅し、被上告人のために新に後見が開始するに至り、次で同二七年六月六日実父田村忠男が後見人に選任され、一方被上告人(略)は同二七年七月一六日附許可の裁判により養父亡(略)との養子縁組が離縁となり、同月二三日実父田村忠男の戸籍に復帰した結果田村姓となり、実父田村忠男、実母田村リツが親権者として被上告人の法定代理人となるに至つたのである。そうして、これよりさき被上告人の実父田村忠男実母田村リツは、被上告人の親権者である法定代理人として昭和二四年五月一〇日上告人に対し、原判示のごとき事由により本件借地権譲渡契約を取消す旨の意思表示をしたというのである。

しかして、原判決は、前段掲記の経緯からも明らかであるように右取消の意思表示のなされた当時においては、既に新民法の施行により被上告人のために後見が開始しており被上告人の実父忠男、実母リツは被上告人の親権者ではなかつたのであるから、右取消の意思表示は、被上告人の無権代理人によつて為されたものであるとの前提の下に、後になされた追認により、右取消が効力を生ずるに至つた旨の判断を示したのである。

よつて、先ず、右被上告人の実父忠男、実母リツが被上告人の親権者たる法定代理人としてした前記借地権譲渡契約取消の意思表示が、果して原判決のいうごとく、無権代理人によつて、なされたものであるかどうかについて判断する。

昭和二二年五月三日民法応措法が、施行せられた当時、被上告人は亡七条(略)の養子であつて、養親の死亡により、後見が開始し被上告人の実父田村忠男がその後見人(親族会の選定に因る)として就職していたことは、原判決の確定するところである。原判決は前述のごとく、かかる場合、民法応措法の施行により右後見は終了して、実父母が親権者となる旨判示するのであるが、同法はその第三条において戸主家族その他家に関する規定はこれを適用しないと規定し第六条において親権は父母が共同してこれを行うと規定しているけれども、後見に関する規定を以て家に関する規定と解すべきでなく(戸主が戸主として後見人たる場合は、戸主に関する規定が家に関する規定である結果として、当該戸主が後見人たる地位を失うことは勿論であるけれども)又第六条からしても養親死亡の場合に、当然実父母が親権者となるものとは解することはできないし、その他同法には右の場合に後見の終了を来たすと解すべき根拠となる法規は存在しないのであるから、同法施行の結果被上告人のための後見は終了し同人の後見人たる田村忠男が、その後見人たる地位を失うものとした原判決の判断はあやまりである。このことは新民法附則一九条が旧法九〇四条の規定によつて選任された後見人があるときは、その後見人は、新法施行のため、当然にはその地位を失うことはないと規定していることから推しても是認せられるところである。蓋し民法応措法において、これと結論を異にすべき特段の規定のないことは前述のとおりであり同法が、これらの点に関し新民法と別異の理念に基づくものと解すべき何等の根拠もないからである。しかして、その後新民法が施行せられたのであるけれども、これがために田村忠男が後見人たる地位を失うものでないことは前記のごとく新民法附則一九条の明定するところである。

とすれば、昭和二四年五月一〇日本件借地権譲渡契約取消の意思表示のなされた当時田村忠男は被上告人の後見人たる地位にあつたものであつて、右取消の意思表示は、被上告人の後見人たる田村忠男が、被上告人の法定代理人としてその正当な権限に基づいてなされたものといわなければならない(右取消の意思表示が被上告人の父たる親権者として、かつ、母たる田村リツと共同に親権を行使するものとして為されたという事実は何ら右判断の支障となるものではない。けだし、田村忠男の意思表示がその法定代理権に基づくものとしてなされていることはいずれにしてもかわるところがないからである)されば、右取消の意思表示は、その後における原判示のごとき追認を待つまでもなく当初より有効なのであつて、追認によつて有効となつた旨判示した原判決はあやまりではあるけれども、これを有効とした点においては結局において正当なものといわなければならない。

上告代理人の上告理由は、いずれも右取消の意思表示は、無権代理人によつてなされた意思表示であることを前提とするものであつてその前提のあやまりであることは、既に前述するとおりである以上右各論旨の内容について判断するまでもなく、これを採るを得ないことは明らかである。

よつて本件上告は理由のないものとし、民訴四〇一条、九五条、八九条に従つて、全裁判官一致の意見により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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